月と太陽

© Tsuki to Taiyo.

歌人: 柿本人麻
書:高柳景多

 東の野に陽炎(かげろう)が
立ち夜明けの光が見え始めたかと思うと
振り返った西の空には月が傾いている

 この歌で詠まれる日と月は
時間や光のみならず季節の循環や人生の移ろいを
象徴する森羅万象の極相と言えます

 人は何の為に生きるのか?
という問いに向き合い自らを探し続けています
日が昇り月が照らす無常無情な生活循環の中で
意味を見出し自分らしく生を全うしたいと願うのです

日月諦観 生還一助
太陽 月

 これが月と太陽の思想です

 天空の高みから地平の低みまで
全方位から視座を構え
意図に囚われず利害に偏らず
物事をあるがままに
静かに明らかになるまで観る

 努力と苦悩に満ちる
人間が生きる意味を見出す手助けとなり
事物人の本質的価値を見出します

円の重なりが生む本質

 事物人は日々を積み重ねることで
年輪のように深みが増していきます

 木も人も成長し形作られる中で
内面は見えませんが
その深みは
あたかも墨と筆を以て
手書きの円を重ねていくようなものです
真円では決して無いけれど
手触りを感じる独特の滋味深き円

 月と太陽はそれぞれが表す
円の深み=事物人の本質的な価値を
歴史文化背景の理解を通し
芸術的手法を用いて現します

太陽 月

 事物人が
存在するだけで価値がある社会形成こそ
社会そのものが存在意義を持ち始めるのです

 本質的価値があるとは財務的ではなく
意味的な価値を指します
意味的価値は存在及び活動理由と目的を
見出すことで示すことができます

 具体的には当事者→親→先祖と
ルーツを理解することで
形成するリソース(心的供給源)と
トラウマ(心的外傷)により見出だせます

 意味を示すことで初めて他者と比較することなく
自己存在への肯定と社会との共創という
循環が起こるのです

 事物人の本質的価値と社会の関係とは
自己と他者の相違を相互認識することで
互いの必要性を理解提供し支え合う循環関係です

 提供価値は
物・知識・時間・労働・対価・感情など
物理非物理含め多岐にわたり
その量は定義も制約もされません

 本質的価値の対価は
相互的な理解共鳴度と
可能性への期待で変化します

 月と太陽は
社会循環装置のため思想設計に対して
財務的価値は存在/存続そのものです

 事物人の存在理由は
どれほど時代に合わせ社会に存続する
意味を提示し続けられるか
また選択される理由を
提示し続けられるかです

 本質的価値を見出した上で月と太陽は
娯楽(エンタテイメント)
事実(ドキュメンタリー)
情報(インフォメーション)
三軸で広く社会課題を解決し
社会貢献するコンテンツを制作します

歯は身体の精度であり感性の解像度という実践

 咲歯科未来研究所は
予防歯科を普及させたい
という理事長 長瀬氏の一言から始まりました

 多くの人は健康になりたいと願いながらも
歯医者に通うという行動には結びついていません
そこには心と身体が分断されている
現代的な状態があると考えました

 判断基準において情報が過多となり
数値や価格など
明示されるものが
拠り所とされがちな今
人生100年時代といわれる今
心身ともに健康であることの意味を
改めて問い直す必要があります

 アートは人の心を自然に動かし
自ら足を運ばせる力を持っています
そこで歯科医院にアートを取り入れ
心と身体の両方を満たす場へと
歯科のあり方を拡張しました

 歯は食べる行為自体を始め
アスリートにとっての噛み合わせなど
身体感覚だったり表現や仕事の精度に
深く関わる基盤です

 咲歯科未来研究所は
歯を起点に感性と健康をつなぎ直し
生きる質そのものを整えるための
研究と実践の場です

食を器に収め自然への敬意を可視化する実践

 人は太古より自然の恵みをいただき生きてきました
四方を海に囲まれた日本では
海という人の意を超えた存在を受け入れ
その恵みを感謝と畏敬をもって迎えてきました

 千利休が
食は器に収めるものなり
と申したように
食は味覚のみならず
器を通して自然と向き合う総合的な芸術です

 羽立水産は北海道の海が育む
天然のキタムラサキウニ一本と向き合い
木折という器に収め続けてきました
一子相伝のうに詰め人の手仕事は
素材を支配するのではなく
自然をあるがまま受け入れ
感謝を繰り返す循環の所作です

 2024年正月初競りにて
新春干支玉手箱を奉納しました
価値を誇るためではなく
食と伝統工芸を通じ
天然の宝石箱として その尊さを可視化するためです

 技術の発達により
人と自然の距離が開いていく現代において
日本に根づく自然への感謝を可視化し
作り支えるという行為そのものを通じて
この営みが続くことを祈る

 現代における
食の循環を表す芸術行為です

ラブレターというあわいを立ち上げる実践

 1300年以上の歴史を持つ京都貴船神社にて大貫達正氏が主催する
伝統とアートが交差するイベント
SANTASSÉ at KIFUNEにおいて行われました

 恋歌の名人
和泉式部に縁のある神社であることからテーマは
ラブレター

 平安時代の貴族に倣い
手折の花に歌を添えて想いを伝える
日本古来の形式を現代にひらきます

 来訪者はまず花を選びます
フラワーデザイナー 細貝泉氏によるドライフラワー
前田裕也氏による生花の中から
自身の感覚で一輪を選びます
選ばれた花は和紙の上に丁寧に据えられ
贈りたい相手への想いをもとに
一通のラブレターが書き上げられ
依頼者へ手渡されます

 あわいとは
あるものとあるものが重なり合い
その狭間に立ち現れるもの

 ラブレターは人と人をつなぐ
あわいであり
花と言葉に想いを託すことで
読み解く余地が生まれます
明確でないからこそ繰り返し咀嚼され
人の心を少しずつ満たしていく

それがラブレターの実践です

GQ JAPAN

 月日と言うように人生の半分は
月明かりを頼りにゆく夜の旅である

 夜は昏い

 昏い故に人は己を強く感じる
死を最も身近に感じるこの時己に問う

 なぜ 生きているのか? と

 月と太陽は事物人が生きる理由を明らかにする
相手の現在地点を理解するため良く聞き(聴聞という)
次に歴史的背景と現在に至る流れを良く観る(観心という)

 明けぬ夜は無い

 聴聞観心を以て見出した道を日の出とともに進む
その際に最も大切なことは比較無き絶対的な自己愛である
月と太陽は価値を発揮せしめる為に無量の愛を提供する

 我々が問うのは唯一つ

 己はどこにあるのか?
人は生まれた時に既に己のあるべき姿を内面に持ち
その形は成長とともに外に現れる
あるべき姿が見えていれば己の中に追えば良いが
家族や社会と関わる中で他と比べ人は己を見失い混乱する

 外形を装飾するのではなく
内面から立ち現れる己を捉え形にすること
誰もが自己存在を認められる豊かな社会となること

 月明かりの下唯静かに貴方を待つ